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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6858号 判決 1984年11月30日

原告

小椋新

被告

金杉利男

主文

一  被告は、原告に対し一五八万九九〇六円及びこれに対する昭和五七年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し一二九七万九一九九円及びこれに対する昭和五七年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五〇年一一月六日午前一時三〇分ころ、東京都千代田区九段南二―一の先交差点(以下「本件交差点」という。)において、自転車にて右折しようとしていたところ、右交差点に向けて右方から直進してきた被告運転の普通乗用車(以下「本件自動車」という。)に衝突され、自転車もろとも路上に転倒したため、額部打撲裂創、右手背打撲裂創等の傷害を負つた。

2  被告は、本件自動車を運転中、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

3  原告は、本件事故の直後神保院に急患として運ばれて直ちに同院に入院し、その後昭和五一年一月一〇日まで同院で入院治療を受けたほか、同年一月一一日から同年四月一二日まで同院に、同年一一月二二から同年五四年一一月五日までいすゞ病院に、同年五五年六月六日から同五七年二月五日まで小豆沢病院にそれぞれ通院して治療を受けたが、いまだ完治せず、現在なお難聴、耳なり、四肢のしびれ、脱力感、食欲減退などの後遺症に悩まされている状態にある。

4  本件事故により原告が被つた損害は、次のとおりである。

(一) 逸失利益 二三四五万八三九九円

原告は、本件事故当時、東京都千代田区所在の徳海屋に紳士服の仕立職人として働いていたが、本件事故に遭遇し四肢のしびれ、目まい、耳鳴り等により紳士服仕立の仕事ができなくなつたため右徳海屋を退職し、現在豊島区長崎一―二―八椎名会館内のゲームセンターに勤務しているが、前の職業に較べ収入は著しく減額されている。

ところで、原告は、本件事故当時満三八歳の男子であつたところ、昭和五〇年度の賃金センサス第一巻第一表の産業別、企業規模計、前歴計によれば、満三八歳の男子の年間平均給与額は二七六万六六六〇円であるから、この年間給与額を基礎とし、原告が六七歳まで稼働するものとしたうえ、原告の後遺症による労働能力喪失率を五六パーセントとしてライプニツツ方式により逸失利益を算出すると、次の算式のとおり二三四五万八三九九円となる。

276660×0.56×15.1410=23458399

(二) 慰謝料 二五〇万円

原告の本件交通事故による傷害及び後遺症に対する慰謝料としては二五〇万円が相当である。

5  以上のとおり原告の損害額は合計二五九五万八三九九円であるが、原告の過失を五割として控除するのが相当であるから、原告は、被告に対し一二九七万九一九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年七月二五日から支払すみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は否認し、その主張は争う。

3  請求原因3の事実は不知

4  請求原因4の事実は不知

5  請求原因5の主張は争う。

6  原告は、本件交差点の進行方向の信号が赤であるのにかかわらず横断したものであるほか、飲酒したうえ深夜無燈火で自転車に乗車していたものであるから、被告にとつて本件事故は避けられなかつたものであり、原告に重大な責任がある。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の損害賠償責任の存否について検討するに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一、第八号証に原告本人尋問の結果を総合し、前掲当事者間に争いない事実に徴すると、原告が本件交差点を自転車に乗つて右折しようとした際、本件自動車を運転して本件交差点に向け右方から直進してきた被告が原告運転の自転車を認めたにもかかわらず、格別減速徐行するとかハンドルを切つて衝突を避けるなどの避譲措置をとつた形跡が窺われないのであるから(原告が赤信号を無視して本件交差点を右折したことを認める証拠はない。)、被告は、民法七〇九条により、本件事故により発生した原告の損害を賠償する責任を免れないものというべきである。

三  次に、原告の本件事故後の治療の経過等について判断するに、成立に争いない甲第三ないし第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故により、額面打撲裂創、鼻部・下口唇打撲擦過傷等の傷害を負い、昭和五〇年一一月六日から昭和五一年一月一〇日まで神保院に入院して治療を受け、また、同年一月一一日から同年四月一二日まで同院(治療実日数一六日)に、同年一一月二二日から同五四年一二月五日までいすゞ病院(治療実日数四五日)に、同五五年六月六日から同五七年二月五日まで小豆沢病院(治療実日数六一日)にそれぞれ通院して治療を受けた結果、昭和五七年二月五日の時点では脳波検査及び各種必理検査でも軽度の異常しか認められず、症状がすでに固定していることが認められ、右認定を覆えすに足りる確かな証拠はない。

なお、甲第八号証によれば、原告は慢性鼻咽腔炎、乾燥性鼻炎で千代田医院に通院していたことが認められるが、右症状と本件事故との間に相当因果関係を認めるには十分とはいえず、右認定に反する証拠は採用することができない。

四  進んで、原告の損害について判断する。

1  逸失利益

原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時東京都千代田区内にある徳海屋で紳士服の仕立職人として勤務し一か月二五万円程度の収入を得ていたが、本件事故による手のしびれなどにより洋服の仕立ができなくなつたので、昭和五四年八月仕立職人を辞め、その後は知人の経営するゲームセンターに勤務して一か月九万円程度の収入を得ていることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告は、本件事故により事故時から現在まで控え目にみて、六〇パーセントを下らない労働能力の減退をきたしているものと認められるが、前掲甲五号証によれば原告の前記軽度異常と事故との因果関係がはつきりしないうえ、原告が現在どのような後遺障害がありそれが将来どの程度継続して原告にどの程度の労働能力の減退をきたすかどうかについては、原告において確たる証拠を提出しないのであるから、諸般の事情に鑑がみ、本件事故と相当因果関係のある原告の労働能力の減退期間は本件事故の時から十年間程度に限定するのが相当であるというべきである。

そうすると、原告の休業損害及び後遺障害による逸失利益による損害は、次の算式のとおり一三八九万九〇六〇円となる。

250,000円×12×0.6×7.7217(10年ライプニツツ係数)=13,899,060

2  慰藉料

原告の前記傷害の内容、程度、入・通院期間、後遺障害の程度等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて被つた苦痛に対する慰藉料としては二〇〇万円をもつて相当と認める。

3  過失相殺

前掲甲第八号証及び原告本人尋問の結果を総合し、本件口頭弁論の全趣旨に徴すると、原告は、深夜ビール一本を飲んで自転車に乗つたうえ、本件交差点に進入して右折するに際し進行方向の信号を十分確認しなかつたという重大な過失があつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、原告の右過失については九〇パーセントの割合による過失相殺をするのが相当と認める。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し本件損害賠償として一五八万九九〇六円及びこれに対する本件事故発生の後である昭和五七年七月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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